Unknown@Presence

色々あれこれ。

その4 分かるかな

寒い、って

 寒い、ってこの人に訴えてもムダ、って最初から分かってた。なんせ口癖が「よく分からないんですけど」だから。
 赤城さんは派遣会社の営業担当で、3日に1回やってくる。入力用のアンケートの束を持ってきたり、コピー用のCDを持ってきたり、できあがったのを持って帰ったりするのだ。
 そして尋ねる。
「どうですか」
 仕事が始まる前に、同じ部屋で仕事をする人はいるけれど、それぞれ違う内容なので、お互いに質問しあうのはやめて下さい、と言われた。
 ぶっちゃけ接触すんなってことなのね。まあ、短期のサポートなんかだと、隣に座った人の顔も見ないまま終わることもあるから、そんなことには驚かない。
 ただ、「どうですか」というので「入力用のデータがメールと紙の両方で来ると、ちょっと混乱するんですが」というと、「え、ええっと、メール、ってあの、宅急便ですか郵便ですか」と焦りまくったので、質問するのはやめた。
 今回もちゃんと焼けないCDが何枚かあったけど、メモをつけておいたから分かる人が見れば分かるだろう。
「お昼はちゃんと食べてますか」「はい」「外で食べるんですか」「いえ、一階のロビーを使っていいということだったので」「コンビニとかで」「・・はい」
 この質問は前もされた。弁当を持ってくる、と答えたら、自分で作るんですかおかずは何ですかとしつこかったので、コンビニということにしておく。
「そうですか、コンビニですか。朝は忙しいですもんね。それで、どうですか、あっちの方は」
「あっち、というのは」「あの、両脇の」
 と首を右と左にくいくいっと傾ける。両側の部屋と接触したか、ということか。
「いえ、特に何も」
 前に、一人と(どっちかは覚えてない)と挨拶したと答えたら、どんな挨拶だったかいつ挨拶したかとしつこく聞かれたので、何もないと答えておいた。実際、何もないし。
 赤城さんはメモは取っているが、前のと比較しないからか、前の答えと矛盾していても「そうですか、そうですよね」と流す。
 とぼけている、ふうではなさそうだが。
「何か困ったことがあったら、すぐに言って下さいね」「はい」

まぶしい、って

 まぶしい、って、この人分かるかな。
 この前「サイト内のリンク切れが直らないんですけど」と言ったら、「リンク、リンクですか、ええーと、分かりました、調べてきます」って言ったはいいけど、次に来た時「えーと、あの、横はいりの件なんですが、直さなくていいそうです」
 横はいり=リンクって分かるの、3秒くらいかかった。
 まぶしい、っていうの、IT用語じゃないよね。
 文房具のサイト内サービスでいろんな質問に答えるのも、俺の仕事だ。俺様にも分からないことはいーっぱいあるので、隣でこっそりIE開いてググったりウィキしたりして調べて答えている。けっこう面白い。質問の内容はまとめてエクセルに入れている。データベース化するのかな。
 ワードでこんな文章を作りたいんですけど、っていう時は、サイト内に雛形があるので、それを引っ張ってきて、簡単に使い方を説明する。いちお文房具の宣伝も俺様の仕事なので、プリント用の紙をお買い求めの際はこっち、っていうリンクもつける。まだ夏なのに年賀状のこと考えてる人がけっこういて、ソフトを買うのもいいけどワードとエクセルでも住所録作って葉書に印刷できますよ、詳しくはここ、ってリンクする。
 でも実はワードとエクセルを組み合わせるのはけっこうムズイので、みんなソフトをダウンロードするみたいだ。
 質問で多いのが、エクセルの関数が動きません、っていうやつ。VLOOKUPでよくあるけど、エクセルは引数が30以上あると動かない。実は俺もついこの間知ったのだ。
 だから、まずはファイルをもう少し近くに持ってきて、と書いたら、デスクトップで隣に置いてみましたが直りません、って言われた。そうでなくて、同じブックの中のワークシートに入れてみて下さい、って書いたら、ブックって何ですか、と言われた。
 実は俺もこの間まで、エクセルのワークシートの固まりがブックだなんて、意識したこともなかった。
 だから、新規作成した時にBookってなるでしょう、って説明したら分かってもらえた。
 他にも俺みたいな仕事をしている人はいるみたいで、でも、時々すげえ意地悪なのがいる。
「こんなことくらいでいちいち質問してこないで下さい」とか「質問するなら質問する態度というものがあるでしょう」とか。
 でも、ディレクトリのことを「デレクトリー」って言ったり、PCのことを「コンピュータ」って書いたりしてるから、ちょっと年がいってて、そんなに詳しくなくて、なのにどうしても分からなくて、恥ずかしいなと思いながら質問してきているはずなんだ。
 はずなんだ、って言い切っちゃったけど、俺も、ダブルクリックって右と左いっぺんにクリックすることだって思ってたことがあって。でも、その時バイト先の先輩が笑いながら「俺もそう思ってたよ」って教えてくれなかったら、今頃ここにはいないと思うんだ。
 だから俺は、赤城さんのことを笑ったりしない。

うるさい、って

 うるさかったのでサーバーの電源切りました、って、とりあえず報告した方がいいんだろう。
「サーバー、ですか、えと、パソコンじゃなくて」「はい。繋がってなかったんです」「えーと、大丈夫ですか、切ってしまっても」「はい、確認しました。影響はありません。サーバーは割に電気を食いますから、もったいないので」
 じつは次の日にもしかして無線LAN? と思ってヤフってみたら、そのサーバーにはそんないいもんはついてなかった。あのタイプは音が大きいので、あまり小型オフィス向きではないらしい。
 ついでに、ガスコンロのメーカーではなくて換気扇のメーカーだった。
「それで、どうですか」「はい、サーバーの他には何もないです」今日は昼飯のことは聞かないつもりらしい。
 コンビニ弁当を詰めるラインの派遣に行って、ずらっと並んだ弁当が夢に出てくるようになったので、自分で作るようになった。といっても、冷凍と前の日の残りを適当に入れるだけだけど。
 母親が最初は泣くほど心配して、ラインのせいでコンビニ弁当は見たくなくなったんだよと説明したら、お前も苦労して大人になったんだねと、よけいに泣いた。
 片付けるの上手ね、という褒め言葉を、聞きたくなくなった時期がある。
 一浪して入った大学に馴染めなくて、家にいるのも辛くて働き始めた食品工場で、「あんた片付けるの上手だねえ」と話しかけてきたおばさんがいた。
 混成済みの材料のビニール袋をきっちり畳んでまとめてから捨てていただけなんだけれど。それからそのおばさんとときどき食堂で一緒に昼飯を食べたりするようになって、ある日、一緒に映画に行かないかと誘われた。
 映画には興味ないので、と断ったら、次の日に派遣会社の担当に呼び出された。
「あのね白川さん、単刀直入に言っちゃうけどさ、あんた、セクハラしたの」
 え、と固まっていると、担当は、やっぱりなー、と言いながら食堂の椅子に横座りした。左手は椅子の背にだらんと垂らして、右手は口許にやって、こう言った。
「あんなばーさん、あんたが相手にするわけないもんね。だいたい40過ぎてセクハラなんか成立しねえっての」
 50代だと思っていた。
「でもさ、あんなばーさんでも工場としては大事な戦力なわけ。ここはひとつ、ことが大きくなる前に契約終了ってことにしてもらえないかな」
 何が嫌だったか。あの担当の横座りや目つきもそうだけど、一緒に食事もしたのにあのおばさんの名前も覚えていなかった自分が、嫌だった。
 おばさんはもしかしたら、40年分の勇気を奮い起こしてオレに声を掛けたのかも知れないのに。オレは見かけだけはすっとしているので、時々告白される。そして「つまんない」と振られる。女の人だけじゃなくて他人にも自分にもあんまり興味がないオレが面白いわけがない。
 だからといって、声を掛けてくれた人の名前も覚えないでいて、いいわけがない。
 だから、今の仕事で同じ部屋にいる、もしかしたらろくに話もせずに終わるかも知れない二人の名前は覚えた。
 覚えた、と言っても、やっぱり人の名前を覚えるのは苦手なので、ノートに矢印で←武田↑蒼井って書いてあるだけだけども。
「他に、特に変化とかないですか」「はい」
 オレの仕事はWebシステムのメンテナンスだ。スーパーのPOSやら列車の時刻表やらの入力ミスをチェックする。Webのログデータと、USBメモリーに入っているデータを照らし合わせる。
「あの、白川さんが一番難しいお仕事なさってると思うんですけど、他の方に質問されることとかありませんか」「いえ、USBの、いえ、データの中にマニュアルも入っているので大丈夫です」「でもすごいですね白川さんて。工場のオペレーターもされてたって」
 オペレーターといったって、朝一番に「入」のスイッチを入れて、昼前に「切」を押すだけだっだが。あとはひたすら運搬と掃除、けっこう力仕事が気に入っていたのに、ある日「白川君大学でコンピュータしてたんだってね。来週からデータ管理してもらえる?」と、事務に回されてしまった。
 まあ、そこでオフィス系のソフトの勉強はできたし、品質管理の一級も取れたんだけど。
「じゃあ今のところ順調ですね」「はい」

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