Unknown@Presence

色々あれこれ。

その6 タクト

 ベースの弦が切れたので買いに行く。
 ベースの弦にはニッケルとスチールがあって、一度スチールを使ってみたいけど高いのだ。もう一本ベースを買ってそっちにスチールを張れば弾き比べられるけど、そんなのは無理なのだ。
 ベースのヘッドの形にもいろいろあって、有名なストラトは先が丸い。アコギ形は普通に四角だ。テレキャスはバターナイフみたいに尖ったやつで、で、俺のベースのメーカーはというと、分からないのだ。たぶんテレキャス系なんだけど、メーカー名が削ってある。中古だし、一万二千円だったから、それはしゃあない。
 俺のバンドのボーカルは、楽器は全然できない癖に、楽器の形にはうるさいのだ。ベースのヘッドは尖ったやつでないとだめだと言い張る。
 最初はそんなの関係ないと思ったけど、確かに尖ったやつのが一番格好いい。
 俺はアコギを少し弾けるだけで、だから俺のベースはバターじゃなくてジャム用って感じなんだけど、それでも最近わりとそれなりになってきたと、自分でも思う。
 ゲームのソフトを買ったポイントで、ベースの弦を買う。ネットで買った方が安いんだけど賑やかなヨドガワカメラの中でもそこだけがらんとしている楽器売り場に行って、知ったかぶりで弦を選ぶのが楽しいのだ。ゲームのポイントでゲームを買うんじゃなくて、ベースの弦を買う俺ってば。っても、まだ3回めなんだけど。
 駅のベンチでダウンロードした弦のカタログを眺めていたら、見覚えのある足が横切った。
「お疲れ様です」
 ぽん、と肩を叩くと、白川さんは「ほわっ」と言って垂直に15センチくらい飛び上がった。
すげえ跳躍力。
「あ、ごめんなさい、びっくりしました?」「う、うん、いや、知ってるやつがいるなんて思わないしね」
 さすが年上の余裕で白川さんは笑ってみせた。
「それ、何、楽器?」「あ、これね、ベースの弦のカタログなんすよ」「へえ、ベース弾くんだ」「ちょっとだけ」「バンドとか」「そうです」「へえ、格好いいね」
 この話は派遣の面接でもけっこう受けがいい。仕事だけじゃなくて他にもすることがあるんです、青春してるんです、みたいな。
「デビューとか狙ってる?」「いや、そんなじゃないですよ。下手だし、コピーばっかしてるし」「いいじゃん、自分でCDとか作ってオンラインで売っちゃえばデビューだし」「え、そんなのありですか」
 でも、俺はちゃんと分かってる。バンドは俺の夢じゃない。
 今はまだ二十歳になったばっかりで、仕事の合間に男ばっかりで友達の実家のガレージに集まってても、楽器があれば許される。これが三十過ぎたおっさんだったら笑いものだし、逆に高校生だったら不良で生徒指導室行きだ。
 じゃあ何が夢かって聞かれたら困るけど。それに、なんで若いからって夢があるって決めつけるんだ。
「いつもこっちの線だっけ」「いえ、今日は弦買うんでヨドガワカメラに行くんすよ。いつもは北口線に乗ってます」「遠いの?」「はい、ちょっと遠いっすね。北口前なんで」「オレもちょっと遠いよ。ヨドガワカメラ通り過ぎて三條畑まで行くから」「え、ほとんどそれって県外じゃないですか」「うん。だけど三條電機があるから電車の本数は多いよ」「俺も北口前はまんま北口エレクトロニクスなんで。みんな北口エロって呼んでますけど」
 ははは、と白川さんが笑う。いい笑い方だ。
「そういえば武田さんは俺達とは違う線みたいだよ」
 あの部屋のあるビルは、ターミナル駅から歩いて五分もかからない。駅を中心にして北口線が北に、三條は東へ、長尾は西だ。
「じゃあ長尾なんですか」「うん、たぶん。あっ、そういえば長尾電子があるね」
 白川さんはちょっと考え込んだ。何なのか聞こうとしたら、ヨドガワカメラがコマーシャルと同じ、どどーんと駅前に見えてきた。

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