Unknown@Presence

色々あれこれ。

その15 雄蜂の達観

 実家のトイレのドアが開かなくなったら直してくれって留守電に入ってた。
 電話をかけると、開かないというよりちゃんと閉じなくなってるみたいだった。水周りを建て増しした業者がいい加減だったらしくて、ドアの蝶番が合ってないらしい。
 同じ業者に来てもらえと言いそうになってやめた。来週の休みにホームセンターによって材料でも見繕っていくか。
 これでも長男なので、電球を付け替えるとかコードの配線をするとかくらいのことはしていた。
 でも、瓦を葺き替えるのは父の役目だった。
 昔瓦屋でアルバイトをしてたとかで、楽しそうに屋根に登ってた。落下防止のロープまでつけて、ごりごり屋根を歩く。瓦はほとんどの場合割れてなかったけど、ちょっとでもひびが入ってると大喜びした。本末転倒です。
 でも、玄関のガラスブロックは直せなかった。
 ここのみたいに透明じゃなくて、うっすら黄味がかかっていて、夕方なんかきらきらしてレモン味のサイダーみたいできれいで、上半分の和風の土壁とは全く合わなかったけど、オレは好きだった。
 そのガラスブロックにどういうわけかひびが入って、ごろんと落ちて割れて砕けていた。オレは次の日から修学旅行で、帰ってきたらガラスブロックは全部なくなって、周りと同じ濃い緑の土壁になっていた。
 好きだったのに。ガラスブロック。同じのが手に入らなかったのかな。
 けど、少しして気がついた。オレがガラスブロックを好きかどうかなんて、誰も考えてなかった。オレは両親にとって家の修理を相談するべき相手じゃなかったんだ。
 オレは、あの家の持ち主じゃない。それは父親で、決定権は父親にあって、面倒なガラスブロックより壁一枚にしたほうがいいよね、という話はオレが観光地巡りのバスに酔ってへろへろになっているうちに決まってしまったのだ。
 まあいいさ。どうせ、オレはあの街が好きじゃない。
 実家のある街、新幹線の駅があるのだけが自慢のあの、大きくも小さくもない、住宅ばかりで見栄えのしない、駅前の蕎屋も寿司屋も喫茶店のコーヒーさえ不味くてやる気がなくて、大工まで手抜きする。犯罪が多いわけじゃないけど居心地の悪いイライラする街だ。
 母親はあそこが好きみたいで、妹も結婚して近所に住んでいる。あんたは結婚したらこの家に住めばいいからね。母親は帰るたびにそう言う。母さんはすぐにいなくなるから、遠慮しなくていいからね。オレは返事しない。
 あそこは、オレの家じゃない。オレのものじゃない。オレが建てた家じゃないし、オレの土地でもない。
 建て増しし過ぎていぴつになって陽当たりの悪いあんな家、死んでもいらない。
 オレは、自分の家は一生持てないかも知れない。でも、いい。それならそれでオレの人生だ。
 父親みたいに、自分の両親に家の頭金を半分出してもらって、それをずっと恩に着せられて、酔っぱらうたびに「この家は半分爺ちゃんのだからな、おまえらは住まわせてもらってるんだからな」と言い続けて息子に嫌われるくらいなら、一生借家でいい。
 月6万のシャワーしかないワンルームでも、徒歩五分に図書館となんでも揃う商店街がある。仕事帰りにオレンジ1個とパプリカ1個買って夕飯にする。電子レンジがあればイタリア料理だって作れる。
 ここで静かに、多分一人で、年取っていく。

広告を非表示にする