Unknown@Presence

色々あれこれ。

その17

家電に赤城さんから電話が掛かってきて、なんかむっとした。でもぐっとこらえた。
 ビルの電気系統が故障したので、2日休んでくれないか、ということだった。日曜の夜なのに大変ですね、と電話を切る。大人になったなあ、私も。
 2日分の時給は出るらしい。なんか変だな、と思ったけど、電話を掛け直す気にはなれなかった。月曜は朝寝して洗濯したら終わっていったので、火曜は髪を切って本屋に行ってTシャツ買ってきた。
 水曜。ビルの前に赤城さんと、スーツの男が立っていた。今どきあり得ない黒ぶち眼鏡。赤城さんもスーツだ。可哀想なくらい似合わない。スーツの男が名刺を差し出す。
 独立行政法人・労働環境問題分析監視会議・分室 労働環境問題分析協議会秘書室・次長 なんとか某。厚労省系ね。
 こんなところではなんですから、と一階に座らされる。
「実は、おわびしなければならないことがあって」
 スーツが何か言う度に赤城さんがぺこぺこして、うっとおしい。
「このお仕事、事情があって今日で終了ということになります」
 あんまり驚かなかった。
「率直に申し上げますが、今回のお仕事には労働環境の適正化をはかろうという目的のために、生別や年齢層の違う方々がどのように人間関係を形成していくか見ていく、という、いわば実験のようなところがありまして」ははーん。
「特に、IT関連業務に携わる方の中には、こう申し上げては大変失礼なんですが、他の方とコミュニケーションを取るのが苦手な方が多くて」はいはい。
「当初の予定では、二十代、三十代、失礼ですが四十代以上の男女6人でスタート、ということだったんですが、なにぷんにも女性はパソコンが苦手な方が多く、四十代以上の男性もそうでして」んなことないだろうよ。
「結局、見切り発車のようなことになってしまい、しかも大変失礼ですが被験者である武田さんには、これが実験であるということを知らせていない、ということが非常に問題となりまして、このようなことになりました。申し訳ございませんでした」
 ふーん。んじゃ、やっぱり仕事そのものにはあんまり意味はなかったんだ。
「いえ、そのようなことはありません。実務の中でみなさんがどのように人間関係を作っていかれるか、ということを主眼としておりましたので」
 いやだから、その主眼とやらがポシャったってことは、と言おうとしてやめる。多分、霞ヶ関かどっかの誰かの気分が変わったかなんかで監査が入ったってところだろうな。珍しいことじゃない。出社したその日に社長が交代して、テレビカメラ肩に担いだ連中がわんさかいた、よりずっと普通だ。
「こちらの赤城がお渡ししておりましたIDですが、実はあのIDで皆さんの出退勤も管理させていただいておったんですが、それも実は問題となりまして」
 そりゃそうだろう。用途のはっきりしないものを渡したわけだから。
「いえ、実はそちらのシステムは、駅の改札と連動しておりまして、鞄から出し入れしなくても反応するようになっている、はずでした」
 はずでした。
「そのはずでしたが、全て正常に作動せず、こちらの方のデータは全く取れておりませんので、御安心ください」
 御安心。思わず笑ってしまった。
「あの、お怒りはごもっともです。心ならずもこのような状況となってしまい、私どもと致しましても不徳の致すところと深く反省しており」
 うんぬん。
 それにしても、赤城さんてこの程度のことも説明できないんだな。その方がよっぽど不徳なんでないの。
「つきましては、九月分の時給はすべて出勤なさったものとして、満額お支払いさせていただきます。もちろん、明日からすぐにでもお仕事を探されてもいっこうに構いません」
 この説明くらいしなきゃ、赤城さん。
「あっ、あの」
 赤城さんが懐から何か取り出した。
「私どもといたしましても、誠に申し訳なく、お詫びの気持ちとして小額ではございますがこちらをお納めいただけましたら」
 交通局のプリペイドカードとコンビニのプリペイドカード。うう、どっちもあんまり使わないけど。あ、チケットショップで売ればいいのか。
「あの、あのお二人とは連絡を取り合ったりしてはいないですね?」「あのお二人とは」「白川さんと蒼井さんですけど、お名前はご存じですよね」
 ふん。主眼、とやらがポシャったのなら、こっちには何の義理もない。
「はい。あまり接触しないように、とのことでしたから」
 スーツが赤城さんを睨みつけた。
「いいいいいえ、あのあのあの、そそ、それはそういうことではなくて、あの、仕事での接触というか、それぞれの仕事はそれぞれで、という意味だったんですが」「はあ、そうですか。出勤時間もまちまちでしたし、特に話すこともありませんでしたからね」
 スーツが、あー、やっぱりなー、という顔をした。
 製造業の派遣が大勢切られて、本格的に派遣の男子があぶれ出した。
 男子ならパソコンできるはず、という厚労省かどっかの思い込みだろう、一般派遣に若い男子がどんどん入り込んできている。
 入り込んできた、はいいが、可哀想に、ろくにOJTもしてもらえなくて即契約終了、っていうケースが多発しているらしい。
 んで、それは前任の中年以上の女の派遣が意地悪だからだ、っていう流れになってきている、らしい。
 まあ確かにさ、意地悪なやつ多いけどさ。特に四十過ぎても派遣してる女には、魔女みたいのがいっぱいいる。でも、魔女にもいいのと悪いのがいて、とびきりに頭がよくて教えるのも巧くて、なんで社員でないのか分からないくらい優秀なのも一杯いるよ。
 事務の経験があまりない若い男子に、基礎もないままいきなりOA事務させようっていうのが乱暴なのさ。
 そういうミスマッチ起こしてるの、コーディネーターたる派遣会社さんだよね、赤城さん。
「ところで、事務所に私物は置いておられましたか?」
 金曜にあらかたコップやらハンカチやらは持って帰るけど。
「たぶんあると思いますけど」「私どもこちらでお待ちしておりますので、取ってきていただけますか」
 あのなあ、そういうことは来る前に言ってくれよ、大きいもんだったら持って帰れないだろうが、と言いたいところだったが、エコファシズムの犠牲者なので折り畳みの買い物袋を持っていた。
 つまりビルの電気系統の故障うんぬんっていうのは嘘だったわけで、へー、派遣会社ってそんな嘘つくんだねー、そう思いながら四階に上がる。
 なんか、妙に明るい。パーテーションが全部なくなっている。いや、外されているだけだ。
 机が三つ、並び方はもとのままで、でも白いソファーや、一階から持ってきた椅子やテーブルはなくなっていた。PCもない。なぜだか、机の椅子もない。
 自分の引き出しを開けてみる。ハーブティの箱が、ころんと転がっている。
 そうだ。蒼井君の電気ポットもない。白川君のフックも、サボテンの鉢植えもない。
 一瞬躊躇して、でも、白川君の引き出しを開けた。何もない。ペン一本ない。
 蒼井君も。マジック一本ない。
 そうか、そういうことか。
 もう、二人ともいないんだ。二人とも、プリペイドカードもらって、辞めたんだ。
 ハーブティの箱を鞄に放り込うとして、けれど猛烈に腹が立って、だから一つだけ残っていたハイビスカスのティーバックを破って赤紫の花を取り出して、部屋の窓に向かって投げつけた。

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