Unknown@Presence

色々あれこれ。

その19

 ビルの前に赤城さんとスーツの女の人が立っていた。赤城さん、スーツそれ、上下が合ってないんじゃあ。
「今日は大変大事なお話があるんですう」
名刺を見せながら女の人が言う。はーん、役人ね。
「あ、あの行政法人ってありますけど、私天下りじゃないんですう。実は私も派遣なんですう」
 ついにスキミングで摘発、か。
「実は、今日でこのお仕事終了ということになってしまって、申し訳ありません」
 んなわけないよな。いくらなんでも新聞に出るわな。
「皆さんがされてたお仕事って、職場の環境をリサーチするためのものだったんですう。なので、本当だったら男女6人でえーと、二十代三十代四十代って、集めるはずだったんですけど」
 6人も。あんな狭いところに。
「本当はもっとたくさんで4階と7階に分かれてもらうはずだったんですけど、結局3人だけということになってしまって」
 実験になりません、ってことね。
「えと、というより、こういうことって、まずいらしいんですね。つまり、モニターさんしてもらう相手には、モニター内容の安全性とかをきちんと説明する義務があるみたいなんですう」
 さっきから赤城さんは一言も喋らないで、女の人に合わせてぺこぺこしてるだけ。この人はどのくらい知らされてたんだろう。
「それから、こちらの赤城がお渡ししていたIDなんですけど、実はこれもモニターの一環でして、改札を通過すると時刻や駅名が入っていくはず、だったんですけれど、なんかうまく作動しなくて」
 はーん、それで武田さんが一回反応したって言ってたんだね。
「それも、使用目的を明らかにせずに携帯させる、っていうのもまずいらしいんですよう」
 うまく作動しないから毎週違うのを渡されてたのか。
 まあ、スキミングは外れてたけど、そんなに遠くはなかったか。
「こちらのミスということで、九月分はすべてお支払いいたします。契約は今日までで完了ということなので、次のお仕事を探されてもいっこうに構いません」
「あ、あの」
 赤城さんがやっと口を開いた。
「あの、私どもも誠に申し訳ないということで、こちら少額なんですけれどもお納めください」
 プリペイドカード。うーん、地下鉄のは使わないけど。それに、そのままポケットに入れてたから湿ってるけど。あんまり湿ってると誤動作するんだよ。
 あっ、もしかしてID、赤城さんの湿りが原因?
「私物とか事務所に置いてらっしゃいますう?」「はい、少し」「では、ちょっとお時間差し上げますので、取ってきていただけますう?」
 お時間差し上げ、ってこの場合正しいのかな、と思いつつ4階に上がる。
 パーテーションが外されている。机がむき出しで、PCも椅子も、あのサーバーもない。蒼井君のポットと、俺のサボテンと服のフックだけがある。
 いろんなとこで仕事してきたけど、こういう終わり方は初めてだ。
 サボテンは持ってきた時の袋も置いてあるので入れるだけ。
 蒼井君のポットの下と、武田さんのハーブティの上にメルアドを書いたメモを置いて、ふと思った。
 オレ達はたぶん、一日に一人ずつ、別々に呼び出されるんだろう。事務所に勝手に上がらないように、赤城さん達が待ち構えている。
 だから、オレのメモは処分されるんだろう。最初にあったパーテーションが外されていることには気づかない癖に。
 そういうことだけには気が回りそうだ。だからこそ、オレ達を遠くから呼び寄せたんだろう。
 それでも多分オレ達は、また出会うことになるだろう。
 だって、派遣の世界は狭い。仕事が多い場所も限られている。派遣会社だって無数にあるわけじゃない。
 もうすぐ夏休みが終わる。まばらだけれど足早な人波にちょっとだけ逆らって、振り返りながら歩いてみた。

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