Unknown@Presence

色々あれこれ。

もらって嬉しくない男子はいないんだって。

今週のお題「わたしとバレンタインデー」


バレンタインデーの時期に付き合ってる男子がいれば渡した。女子にもらったこともある。父親に渡したこともある。強要されたのだ。私の家ではバレンタインはクリスマスと同じ家庭内行事だった。


成人する前に実家から出て、本命どころか義理チョコも渡さなくなって、仕事も辞めてアルバイトもほとんどせず、フロッピーで立ち上げるワープロで小説を書いていた頃。文学賞の最終選考に残ったら、時々出版社の編集が会いに来るようになった。
父親と同世代の編集は新潟の出身で、野球が得意だったという。小柄だけれどがっちりした体躯に、関西育ちの私にはあまり見覚えのない、透明な大きな瞳の男性だった。
子供の頃の記憶はあんまりない。冬は草鞋を履いていて、ほら、藁で作った草鞋。雪を踏みしめてずんずん歩いた感触は今でも思い出す。
ほとんど雪が降らない地方で育った私は、真冬でも道が乾いている所にしか住むつもりがないくせに、初雪の便りをきくのが大好きだった。雪の思い出、スキーの思い出、空気が凍るほど寒い地方の話を聞くのが好きだった。


たまたま約束の日がバレンタインデーで、高架下の雑貨店で見つけた小さなチョコレートを買った。
お、ありがとうございます。彼は綺麗な歯を見せて笑った。いいえ。チョコレート買ったのなんて久しぶりですよ。私も笑う。
いろんな話をした。彼は聞き上手で、さすがに返しが上手かった。彼の息子の話、私の父親の話。彼は編集者らしいちょっと熱っぽい話し方で、私はしらけ世代特有の冷めた言い回しで。
それにしてもあなたは変わらない。逢うたびに若くなっていくようだ。
そんな私ももうすぐ六十歳で、彼が亡くなってからもう二十年になる。
もうチョコレートは自分のためにしか買わなくなった。チョコレートを買った店のあった街からは引っ越して、何年も訪れていない。
小説も書かなくなった。どうしてかな。もう彼がいないからか。そうでもないな。