Unknown@Presence

色々あれこれ。

やっぱり寒くない

今週のお題「二十歳」


今年成人するのは2000年生まれなの? すげえななんか。


成人式には出ていない。金沢で雪を見ていたよ。
晴れ着姿の女の子が、上手に雪を避けながら歩いていたなあ。ほとんど雪のないところで育った私は、1日に何度も雪が降ったりやんだりするのさえ珍しくて、ホテルの窓からずっと外を眺めていた。
お好み焼きが美味しくて、ラーメンも美味しくて、犀川の水が綺麗な翠で、でもまだ自由じゃなかった。
実家を出たのはその年の2月。いい天気だった。自分の服を必要なだけ、ギターとバイオリンとレコードを友達が借りてくれたバンに放り込んで、築年数20年近いアパートに向かった。
自由になった。実家から電車で一時間ちょいのところだったので親がしょっちゅう来たけど、帰らなかった。しばらくして仕事も辞めた。
自由だった。ほんのちっぽけな、ただ親元からちょっと離れたっていうだけの自由だったけど、私は子供の頃からの目標を、ほぼ達成した。


自由になりたかった。実家を出たかった。親には大事に育てられた。箱入りといっていいくらい。友達はみんなみんな、あんたは大事に育てられ過ぎていると言った。そうだね。
けれど、だからこそ、私は自由が欲しかった。自分の身の回りのことを自分でしたかった。自分で服を選んで、自分で夕飯を作って、自分が読みたい本を買って、自分が聞きたい音楽を聴いて、自分で家具を買って、いずれは自分で家を建てようと思った。
物心ついた頃から、実家を出ることは私の目標だった。髪を洗っているとき、ふと思い出すことがある。シャンプーが目にしみない。よし。頭を上手に洗えるようになった。林檎も上手に剥ける。独り立ちももうすぐだ。ああ。幸せだ。目標があるって。


私が二十歳になった1984年、男女雇用機会均等法は施行されたけれど、職場にはお茶汲みがあり、寿退社もあり、女性の賞味期限はクリスマスケーキと同じで、女性の大学進学率もまだまだ低かった。
2020年。大卒は当たり前になり、職場のコーヒーは飲み放題になり、禁煙が当たり前になり、PCが一人一台が当たり前になり、女性の半分が50歳以上になり。


日本はよくなった、と思う。
私が生まれた年、1964年。東京オリンピックの年には夢物語だった「自動」が、ほぼ現実のものになった。家事はほぼ自動、家にいながら仕事ができる。そもそも重労働がなくなった。空気も水も、ずいぶん綺麗になった。
大丈夫。子供は減るけれど、年寄りは一時的に増えるけれど、大丈夫。明治生まれも大正生まれも、もうすぐいなくなる。古いことにしか価値を見出せない世代は、いずれいなくなる。


早く自由になろう。自分で自分のことができるようになろう。
自由の中にしか、幸せはないから。大人にしか、自由は手にできないから。