Unknown@Presence

色々あれこれ。

去年は飲みに行っていた

お題「#おうち時間

一年前のブログでは昼間っから飲んでいた。もちろん神戸でね。大阪でお酒飲んだのは去年の秋のこと。半年以上経ってしまった。

今年はもう大阪で食事することはないだろうけど、ひとつ大阪で計画していることがある。

バイオリンの弓。馬の尻尾でできていて、定期的に張り替えてもらうものなのだけれど、なんと。40年そのまんまです。はあー。

前の職場の近所にいい感じの楽器店を見つけたので、そこで張り替えてもらおうと思ってます。今の職場の近くにも楽器関係の店はあるけど、教室だけなのな。

もう、習いに行くことって、ないだろうなあ。

歳を取ったってこともあるけど、職場以外の人間関係はもういらないや。趣味が合うからって話が合うわけじゃないし、習い事をする人がみんな真面目なわけじゃない。

ネットにバイオリンの練習曲を上げているのは参考にさせてもらうけどね。ハンガリー舞曲を情熱的に弾きこなす小学生とか、お母さんに促されて渋々引いているわりには上手な五歳とか、けっこう面白い。

さらに面白いのが、弾いたことのなかった曲でも一回聴くと弾けるようになるってこと。まさに昔取った杵柄でございますよ。

というわけで、まだ在宅勤務がしばらく続く特定地域在住のShishowは、炬燵布団洗ったり冬の部屋着洗ったりして夏を待つことにします。

いい天気だなあ

この天気を取っておけたらなあと、東京で働く友人に送る荷物を梱包しながら同居人が言う。そろそろ西陽が気になる季節だけど、葦簾はまだ広げていない。

去年の今頃は雅子さまスペシャル見てワクワクしていたのに。そうだね。それが今年はこんなことになってね。そうだね。

そういえばあの年は、山盛りの藤の花を見た。同居人の退院に付き添った病院からの帰り道、羽二重の白と淡い紫の藤の花を見た。

福岡で藤の花が刈り取られたというニュースを見て、そんなことを思い出していた。

そういえば、去年は近所の桜が工事のフェンスに遮られてあんまり見えなかったから、今年こそたっぷり見てやると思っていたのに。

桜の近所には花水木の白とピンクが並んで植えられている。ちょっと捻れた花びらが強気に空に向かっている。電車の窓から見えた桃が一本、立ち枯れてしまっているのも見た。

どの年にも、どの春にも、そういえば、がある。黄砂が酷くて歯茎が腫れてしまった春、桜の向こうで街が砕け散った春。

でも、今年の春を「そういえぱ」で終わらせないようにしよう。私たちは、毎度毎度いつものことだけど迂闊で、備えを怠った。遺伝子のかけらを甘く見ていた。対岸の火事だと高をくくっていた。日本はなんでもかんでも世界一、だから医療崩壊なんて起こるわけないと思い込んでいた。

卒業式も入学式もできなかった春のこと。

みんなで覚えていよう。

そしてまた必ずやってくるいろんな災いに、みんなで対処しよう。

 

 

そういえば2月29日が誕生日の友達が。

1964年生まれなので、2月29日が誕生日の友達がいる。

四年に一回だけだから年取らないなんていうのも慣れっこだったろう。

小学校の2年の時、学芸会で私は兄の役、彼女は弟の役だった。海の水はなぜ辛い。意地悪な兄と正直者の弟の話。

高校に行ったら同じクラスだった。お互いにびっくりした。

びっくりした理由は二つあった。どっちも相手はレベルがひとつ上の元女学校の高校に行ったのだと思っていた。

もう一つは、同じ中学出身が他に誰もいなかったことだった。

彼女は歌がとても上手だった。色白で目がぱっちりしていて、真面目で優しい子だった。

高校を卒業して、10年ほど経って、神戸の三宮の坂道でばったり会った。

私は大学に通っていて、彼女は洋品店で働いているのだと言う。そうだ、彼女は服のセンスがとても良かった。

懐かしそうに目を細める彼女の周りには同じく大人しそうな綺麗な、けれどとても意志の強そうな友達が佇んでいて、その時はそんなにびっくりしなかった。

三宮はあちこち工事中で、三宮の仕事は続かないので坂道を登ることもなくなった。若い時は毎晩のように登り降りしていたのにね。

工事が一段落して道が綺麗になったら、また坂を登ってみよう。

 

音なのね。

今週のお題「元気の秘訣」

「道」ってつくものは嫌いだな。書道とか柔道とか。茶道も華道も興味ないや。

「楽」がつくものがいい。音楽。楽器。映画は嫌いだけど、時々好きな映画音楽もある。

昼休み、職場の近所をぶらぶらして、つくづく思った。

音だからって何でもいいわけじゃない。音楽だからって何でも好きなわけじゃない。

意外だったのは大阪の地下。西梅田の地下は静かだ。ちょっと天井が低くて最初は怖いけど、人は多いのに静かで、小さく音楽が流れている。FM局があるからかな。

これが、私好みの曲ばっかり。UKのちょっと懐かしめのとか。ペットショップポーイズなんて、思わず口ずさみました。

どうしてもどうしても好きになれないのは、神戸さんちか。

いつだあーって せいいっぱいの こきゅうを してるうー

神戸は息も絶え絶えってことなんかい。

国際会館の地下、予告編が流れてるのはいいけど、音が大きすぎる。みんなあんまり気にしてないようだけど、実は神戸は音楽の趣味が悪い。

大阪の昼休み。地下を西に向かって歩きながら、よく手入れされた花壇を眺めて、吹き抜けから差し込む太陽に目を細めたり、レトロなカフェの照明を数えたりなんかして過ぎていく。

グランフロント北の落ち着いた感じも好きだったけど、地下なのに風景があるハービスあたりであれこれポスターを眺めるのも、今は結構気に入っていて。

あとはJR桜橋からの地下入り口さえ何とかなればなあ。

やっぱり寒くない

今週のお題「二十歳」


今年成人するのは2000年生まれなの? すげえななんか。


成人式には出ていない。金沢で雪を見ていたよ。
晴れ着姿の女の子が、上手に雪を避けながら歩いていたなあ。ほとんど雪のないところで育った私は、1日に何度も雪が降ったりやんだりするのさえ珍しくて、ホテルの窓からずっと外を眺めていた。
お好み焼きが美味しくて、ラーメンも美味しくて、犀川の水が綺麗な翠で、でもまだ自由じゃなかった。
実家を出たのはその年の2月。いい天気だった。自分の服を必要なだけ、ギターとバイオリンとレコードを友達が借りてくれたバンに放り込んで、築年数20年近いアパートに向かった。
自由になった。実家から電車で一時間ちょいのところだったので親がしょっちゅう来たけど、帰らなかった。しばらくして仕事も辞めた。
自由だった。ほんのちっぽけな、ただ親元からちょっと離れたっていうだけの自由だったけど、私は子供の頃からの目標を、ほぼ達成した。


自由になりたかった。実家を出たかった。親には大事に育てられた。箱入りといっていいくらい。友達はみんなみんな、あんたは大事に育てられ過ぎていると言った。そうだね。
けれど、だからこそ、私は自由が欲しかった。自分の身の回りのことを自分でしたかった。自分で服を選んで、自分で夕飯を作って、自分が読みたい本を買って、自分が聞きたい音楽を聴いて、自分で家具を買って、いずれは自分で家を建てようと思った。
物心ついた頃から、実家を出ることは私の目標だった。髪を洗っているとき、ふと思い出すことがある。シャンプーが目にしみない。よし。頭を上手に洗えるようになった。林檎も上手に剥ける。独り立ちももうすぐだ。ああ。幸せだ。目標があるって。


私が二十歳になった1984年、男女雇用機会均等法は施行されたけれど、職場にはお茶汲みがあり、寿退社もあり、女性の賞味期限はクリスマスケーキと同じで、女性の大学進学率もまだまだ低かった。
2020年。大卒は当たり前になり、職場のコーヒーは飲み放題になり、禁煙が当たり前になり、PCが一人一台が当たり前になり、女性の半分が50歳以上になり。


日本はよくなった、と思う。
私が生まれた年、1964年。東京オリンピックの年には夢物語だった「自動」が、ほぼ現実のものになった。家事はほぼ自動、家にいながら仕事ができる。そもそも重労働がなくなった。空気も水も、ずいぶん綺麗になった。
大丈夫。子供は減るけれど、年寄りは一時的に増えるけれど、大丈夫。明治生まれも大正生まれも、もうすぐいなくなる。古いことにしか価値を見出せない世代は、いずれいなくなる。


早く自由になろう。自分で自分のことができるようになろう。
自由の中にしか、幸せはないから。大人にしか、自由は手にできないから。

やっと寒くなったね

今週のお題「いい肉」


何年振りかで神戸三宮駅の北側でご飯を食べようとしたら、阪急の高架下がぴっしり塞がれていてびっくらこいた。
そういえば最近ずっと元町スタートだったよなあ。何十年振りかで贔屓屋に入ったよ。中身はあんまり変わってなかった。結構美味しかったね。鍋、あったかかった。


神戸は、お肉の街。ケーキの街でも靴の街でも中華料理の街でもあるけど、私にとっては美味しいお肉料理の街。
中華そば。柔らかく煮た分厚い牛肉がデーンと乗ってます。それとでっかい中華プリンを食べてからステーキハウスに行って、サングリア飲みまくってディスコに行って踊り倒してた二十代前半の私。
ステーキが美味しいのはまあ当たり前で。スペイン風のあっさりしたソースが好き。肉はあっさりめのロースを丁寧に叩いたのがいい。サラダたっぷりね。スープもついてるの。コンソメとかじゃなく、野菜がいっぱい入ったやつ。ベーコンも入ってるといい。デザートはアイスクリーム付きのアップルパイだ。コーヒーは濃いやつだ。
実は挽き肉料理ではピロシキが好きなのな。一緒にボルシチ。フリガナは「兵隊鍋」。ビーツが入っているのが本格的だけど、トマトと大根でも美味しいんだ。三宮駅の中にあったレストランでよく食べたっけ。
あ、ジャージャー麺も好きだ。三宮の地下にあった手打ちのラーメンの肉蕎麦。美味しかったよなあ・・・元町の中華街の餃子の店のジャージャー麺、もうやってないんだろうな・・
梅うどんが名物の店、あれは贔屓屋だったのかな。締めのうどんに梅が入っているのな。関西ではいろんな具が入っているちゃんこ鍋みたいなやつは「水炊き」っていうのだけど、鶏肉もハマグリも入ってるからだしが美味しいんだこれが・・
焼き鳥は六甲道の商店街でよく買ってた。新鮮だから柔らかくて美味しい。ハツがあんなに美味しいなんて知らなかったよ。
神戸、いや兵庫県はお肉だけじゃなく、野菜もお魚も、お米も美味しいよ。
日本に「兵庫」があって良かった。

お米に関する苦い苦い思い出

母の実家は米屋である。今は花も扱っている。米屋の前は自転車屋で、母の母の実家は売り酒屋だったそうだ。

そんな母の実家は遠くにあった。国鉄を何回も乗り換えてディーゼルの特急に乗っていく。東海地方と近畿地方の境目にあり、江戸時代からほとんど人口が変わっていないという、小さいけれど歴史のある町だ。

改札を出てタクシーに乗る。乗り物に弱い私はその頃にはすっかり疲れ切っている。母の母、祖母は私を熱烈歓迎する。

けれど商家なので歓迎は長くは続かない。母は一日中客の相手をしなければならない商家を嫌って公務員の父と結婚したはずなのに、実家ではたちまち娘に戻って商売を手伝い始める。

脱穀の糠の香りが漂う店前から、裏の座敷で荷物を下ろす。遊べる服に着替えたら、土間を通って台所で水を飲み、そのまま中庭から裏の畑に抜ける木戸を開ける。

丸っこい茶の木や大根や鷹の爪、柿の木に出迎えられながら離れの前を通ってまっすぐ坂をくだる。

遠くに行ってはいけないよ。そう言われなくても、方向音痴の私は知らない道では角を曲がらないことにしていた。私が育った町は坂がほとんどなく、山も見えない。小高い丘の上にある母の実家は、坂をくだるだけでも十分に冒険だった。

雨が降ると、外には出ずに家で遊ぶことになる。

店先には米の袋がたくさん積み上げられていた。誰が言い出したのだろう、いや、きっと私が自分で思いついたのだ。

米の袋の上に登って、遊んだのだ。

米は、踏むとしっかりと足の裏を受け止める。とても踏み心地がいいのだ。乗り物には酔うくせに高いところが好きな私は、米の山によじ登り、あるいは米の上に飛び降り、飽きずに遊んでいた。

遊んでいたことを叱られた記憶はない。

しかしある日、気づいたのだ。

私はお米を踏んでいる。

なんてことを。なんてことを。

ああ、罰が当たってしまう。

しかし罰は当たらず、すぐに他の遊びを見つけて、お米のことは忘れてしまった。

すっかり大人になって、祖母も亡くなって、母の実家には長らく訪れていない。

今更ながら、あの時の罰当たりな遊びが足の裏に蘇る瞬間がある。

ああごめんなさいお米の神様。もうしません。

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