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色々あれこれ。

今週のお題「受験」

はい。受験の思い出。思い出というより失敗。

共通一次って知ってるか。5教科7科目だ。英語数学国語、社会は2科目理科も2科目。恐ろしいだろ。そうさ、でもできるやつはできるから1000点満点で900点とか取りよるんだこれが。

んで私は650点くらいとって二次試験で頑張ったら通るかな程度の大学を目指していたので、そんなに勉強せんでもよかった。

はずだったのよ。

英語は苦手。勉強したことない。どうせどんなに勉強したって6割取れればいい方。けど半分は必ず取れるから放っておく。

国語は好きでも嫌いでもない。現代国語とか嫌い。特に明治時代とか。でも漢文は得意でいつも満点だった。古典もまあまあ。そんなに勉強しなくても7割近くは取れる。だからそんなに力入れない。

社会は苦手。暗記嫌い。これも7割は無理だけど、まあなんとかなるし。自分理系だし。放っておく。

理科は好き。生物と物理。生物は7割確実、物理も一番得意なので下手したら8割行くぞ。楽勝。

数学。本丸。特に共通一次は一番得意な数学一。ローマ字ね。もしかしたら8割くらい取れちゃうかもねふふふ。

の、はずだった。

数学、三本の直線が交わってる。その中の面積を出して、あれこれ代入していく。好きだよ一番。ふんふんふーん。鼻歌。もしかして9割いくかもよー。待ってろチョメチョメ教育大学。

しかし。

三角形の面積を二分の一するのを忘れた。

正解は11分の27。けど私は11分の54を代入していったのだ。

だってさ。選択肢にあったんだもの。全部解けたもの。二分の一しなくても。

あああ。

というわけで、冒頭の問題を全部見事に間違えたので、130点もなかった。全体では600点を少し超えたくらい。英語が割とできたのに生物が悪かった・・

というわけで、二次は受けず、いったん就職。結局文系の私立に行き直すことになる。

二分の一を忘れていなくても、大学は落ちたかもしれない。大学に行ってても結局は派遣社員になっていた気がする。

でもな。あの時の私の隣に立てたら、こう言ってやりたい。

三角形の面積は底辺かける高さかける二分の一やで。

お題「演奏できる楽器」

多分一番上手なのは縦笛かと。アルト笛ね。息を抜くのが得意。でもさ管楽器は冬はツユが垂れて嫌なのね。

ピアノは習っていた。唯一の習い事だった。小さい頃は体が弱かったので外に行くとすぐ風邪ひいた。痩せて体力がなかったのでスポーツは苦手だったです。その代わりと言ってはなんだが気が強いし割と器用なので楽器には向いていたのだろう。

でもさ練習は好きじゃなかった。楽譜を読むのは好きだったけど、暗譜とか面倒だった。とか言いながら中学の三年間はバイオリンを弾いていたのだよ。

友達がみんなそこにいたからね。器楽部に入らないとほとんど友達いないんだもん。

とか言いながら陸上部の子と仲良しで、卒業の演奏会にバイオリン持って歩いていたら、「あれっあんた器楽部だったの、陸上だと思ってた」って言われた。その程度の腕前だったってことさ。

ギターもちょっと弾いた。これはもう下手としか言えない。それをごまかそうとして歌うともっと酷くなる。自作の歌なんてあなた。そりゃもう。

でもさ、楽器の演奏は楽しいよ。練習は嫌だけど。バンドもちょっとだけやってたな。弾いているうちに音が下がってくるエレキギターとか、空きカンに布巻いたドラムとかでレコーディングしたっけ。

楽器を演奏できる機会があったら、ちょっと集中してみるといい。時間のある学生時代がいいね。セコセコバイトするくらいなら、友達の家で好きな曲がそこそこ弾けるくらいまで集中してみるといい。

とか言いながら、もう何年も何も弾いていないのだけど。

 

お題「コーヒー」

職場のコーヒーはインスタント。粉末のじゃなくて、液体のね。本当はアイス用らしいんだけどそれをホットで作る。あっさりしていて美味しいよ。

朝食のコーヒーはレギュラー。同居人に入れてもらう。時々自分でも入れるけど、なんか美味しくない。うまく言えないけど、濃さは同じはずなのになんか味気ない。

それはお味噌汁でもそう。自分で作ったお味噌汁は味気ない。材料も一緒のはずなのに、お味噌も一緒のはずなのに、なんか間抜けな味。

同居人は煮物とか蒸し物とか上手。お湯や水蒸気を扱うのがうまい。私は揚げ物が一番得意で、次は焼き物、炒め物と続く。カリッと揚げたりパリッと焼いたりするのが好きなんだ。

だからかな、私は植物を育てるのもうまくない。ちょっと前まで元気だった観葉植物、なんかしなっとしてる。気になってずっと見つめてしまう。

気にするな。しばらく放っておきなよ。同居人は言うけど、私はできない。そばについていないと心配。結果が早く出ないと心配。

揚げ物は早くできる。長くても3分、早いと1分。焼き物も焼き過ぎは禁物。外側に焼き色がつけばあとは余熱、切ってみて生焼けだったらもう一度さっと焼けばいい。

だからコーヒーも上手に入れられないのかな。早すぎるのかも。自分では蒸らしているつもりでも、焦りすぎなのかも。

ポーションのコーヒーがお似合いなのかもね、私みたいなイラチには。

お題「今日のよかった(^^)」

快速電車が空いていて座って帰れたよ。だいぶ楽チンね。20分も乗らないんだけどさ。

いつ終わるとも知れない部屋の片付け中に、100円ショップでまたちっちゃい植物を買ってしまったの。だって、ワイヤープランツとテーブル椰子が寂しそうなんだもの。それから拾ってきたローズマリーも。

先週ホームセンターでもちっちゃい植物探したけど、あんまりいいのがなかった。昔はローズゼラニウムがあったりしたんだけどね。

100円ショップはフェイクのサボテンばっかりになることもあるけど、分厚くて丸い葉っぱのカポックと、オシャレなヒダヒダの葉っぱが可愛いベラエアみっけ。ペラエアかな。ペラエアの方がいいな。

ワイヤープランツは長々と伸びてきたので、すのこで作った棚に乗せて垂らしてみたぞ。わりといけている。東向きの部屋なので夏でも涼しいし、冬も陽が差し込むので暖かい。

二十年しまいっぱなしだった枕とか古いパジャマなんか(引っ越ししてきた時のままということ)もさっぱり捨てて、あちこち綺麗になってきたです。

感熱用紙の書類なんかも捨てるべし。古い発泡スチロールも捨てる。絶対読まない貰った本も処分します。

もっと片付いたら、また100円ショップにちっちゃい植物探しに行こうかな。

お題「居酒屋で頼むもの」

古いファイルの移行に若干手間取っているので、しばらくお題でも。

居酒屋で頼むもの。その居酒屋によって違ってくる。サングリアが美味しかったバルではムール貝頼んだね。スーブがいいのよ。野菜を焼いたのにソースつけるやつ、バーニャカウダも。やっぱりサングリアはヨーロッパの暑いとこのつまみが合う。

ビールがやけに美味しい店では細いパスタの揚げたのがまず定番。ブルスケッタは名物だった。普段はあんまり食べないピザをここでは食べる。ナポリ風の皮がパリパリしたやつね。チーズの盛り合わせも頼むぞ。

ワインが安くてお得だった店ではアクアパッツァ。トビウオうまーい。ゴボウの揚げたのに粉チーズかかかっているだけでなんでこんな旨い。

創作おでんが名物だった店では日本酒はお店の人に選んでもらった。そんなに高くないのにいい店だったなあ。しばらく行ってないけど。

カヴァの冷やしたのを出してくれる店では必ず刺身を頼む。合うのよ。むしろ日本酒より合うかもな。カンパチがあんなに美味しいと思わなかった。

馴染みの店ではおつまみは店のお薦めに従う。それとその店の名物も頼む。

冷やし蛸焼きとか。山芋のお団子の中に蛸が入っててひんやりしたダシの中にころころしてるのよ。

手羽先餃子とか。手羽坂の中に餃子の中身が入ってて揚げてあるのな。一時期神戸で流行ってたよ。

冷製パスタとかな。時間はかかるしシェフ不機嫌だけど旨い。野菜春巻きとかな。本格ベトナム料理で、野菜ばっかりなのでいくらでも食べられた。

店は料理で覚えている。時々料理を真似したりもする。ジャガイモのサラダに菊菜を混ぜると綺麗なうえに美味しい。卵焼きに大根おろし添えるといい。

もう若くないので、大勢でワイワイ食べることはない。大量に飲むこともなくなった。まあ、二日酔いからの回復が恐ろしく遅くなったってこともあるんだけど。

美味しい料理をゆっくり味わって、じっくり楽しみたい。

 

夏が来ても思い出さないかも。

お題「夏の日の思い出」

もう50回以上夏は経験しているので、思い出話はそこそこできるけれど、それが十代の終わりだったかそれとも二十代の最後のあたりだったかそれとも四十代の始めかっていうと確かでなくて。

若い頃はよく泳ぎに行っていた。ほとんどプール。そういや淡路島に泳ぎに行ったら台風が来たな。家族旅行の定番は日本海で海水浴。母の実家がある三重県では川で泳いだね。キャンブもした。ハワイでも泳いだよ。海外旅行はそれっきり。

でも、生まれて初めて泳いだのは瀬戸内海。播磨灘。今はなき高砂の浜。

私は二歳、だったはず。いやまだ一歳半かな。黄色い水着にピンクの帽子、父に手を引かれている。

たぶん私の一番古い記憶。父がマテ貝の取り方を教えてくれた。穴を見つけたら塩をひとつまみ入れるんや、そしたらマテ貝がぴっくりして出てくるから、引っ張り出してチュルッ、って食べるんや。

にこにこ笑いながらそう教えてくれた父の顔はよく覚えているが、赤ん坊の私は彼を父親だと認識できていなかった。「なんだこのおっさんは。何をにこにこしてるんだ」と訝しく思ったことを、はっきりと記憶している。

夕焼けが綺麗だった。白い砂浜はどこまでも続くように思えた。これが海だ。誰かが言った。海は広いな大きいな。誰が歌っていたのか。それは覚えていないが、果てしないもの、美しいもの、眩しいもの、それが海だというのは理解していた。

そして、美しいものは永遠でないことを、しばらくして知る。浜は鉄鋼所の下に沈み、古い唄に謳われた白砂の浜は永遠に消えた。父は工場を眺めながら言ったものだ。人間の力はすごいなあ。

海水浴を楽しむ人が減っているという。泳ぐことそのものを楽しむというより浜で騒ぐことを面白がる人が増えているからとも、猛暑のため浜辺に出られないからだともいう。

美しいものが永遠でないように、夏も永遠でない。もしかしたら、夏そのものもなくなってしまうのかも。いやもう、なくなりつつあるのかも。

選択という選択。

30歳の冬。12月30日。前の日から飲み続けて3時過ぎに友人のマンションに転がり込み、マドンナのビデオを見ながら化粧も落とさずに爆睡した。

毎年どんどんひどくなる。そんな友人のため息混じりのセリフをぼんやり聴きながら年は開けて、さすがに酔いも覚めた正月。通信制大学の試験を終えて、ワインバーで記念の赤ワイン。シメのコーヒーが来るのがなんだか妙に遅くて、コーヒー豆ブラジルまで買いに行ったのかね、などと笑っていたのが1月16日日曜日の夜。

だからといって人生観が変わったわけではない。親しい人を失わずにすんだからかも知れない。私は傷一つ負わず、古い木造のアパートも壁にヒビが入っただけだった。

二十年以上が経ち、あの時埃と瓦礫にまみれていた街に、マンションを買って住んでいる。夏には蝉がうるさいほど泣き、秋は落ち葉で歩道が埋まり、冬は海の上に雪が降り、春は桜で薄紅に染まる。

人生とはつまり選択の連続で、私は成人する前に実家を出るという選択をした。それは物心つく前からの目標で、自分で髪を洗えたり自分でリンゴの皮を剥けるようになるのと同じ次元の目標だった。

そこからはもう毎日毎日選択しているようなもので、今日の夕飯は豚モモ肉の炒め物にするか鶏肉のソテーにするかそれとも近所のお肉屋のレバーのマリネにするかというのが面白くて仕方なかった。今でもそうだ。料理はすればするほど腕が確実に上がるし目利きになれるので本当に楽しい。掃除も能率的にこなせば楽しいし、気持ちがいい。もちろん洗濯も好きだ。ベランダで洗濯物がどんどん乾いて行くのを見るとちょっと興奮する。

なぜそれがそんなに楽しいのか。

それは、自分のためだからだ。

自分の食べる、着る、寝るを快適にするための選択だからだ。自分が快適に生きて行くための選択だから、楽しいのだ。

大学入試に失敗してやむなく地方公務員になって、最初はグダグダ言っていたけど街で飲み歩くのが楽しくなり、けど仕事はつまらないので5年で辞め、実家は出ていたので自炊を楽しみ、ぼちぼち高卒も飽きたので大学に行き、ぶらぶらしていたら近所の工場で面白い仕事があり、そろそろ飽きてきたらまた近所の外資系の会社で募集があって事務の派遣になり、いろんな会社に行きながらなんのかんので働いている。

それもこれも、自分のために選択したからだ。自分が楽しいか、面白いか、その度に決めてきたからだ。

誰かのために生きる、というのが好きではない。亡くなった人の分も生きなさいというのも。高校に入ってすぐ、中学の同級生が踏切の事故で亡くなった。大嫌いだった国語の教師が葬儀の席で言ったものだ。「あの子の分まで生きなさい」

誰かの代わりに生きることはできない。それが人生だ。その人の人生はその人にしか生きることができない。だからこそかけがえがないと言えるのだし、大事にしろとも言えるのだ。

だから私は、他の人の分まで生きようとは決して思わない。たとえ誰かにそれを望まれたとしても、私は私のために生きる。私にとって、それこそが人生だからだ。

だから、誰かに期待されているからとかみんながそうしているからという理由でいろんな選択を人任せにする人がいても、それはそれでその人の人生なんだと思う。もしかしたらそれが一番その人にとって良い選択だったかもしれないし、逆かもしれない。そんなことは誰にも分からない。

選択するのが苦手なら、決断するのが苦手なら、とりあえずできそうな選択からしてみるのもいいかも知れない。それでうまく行ったら儲けものだ。それも無理ならとりあえず一切の選択をせず、ひたすら忠実に目の前の勉強や仕事に集中するのもいいかも知れない。もしかしたら、美味しい選択肢が降ってくる、かも知れないし。

 

 

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