Unknown@Presence

色々あれこれ。

この暑い盛りに危機について考えると。

今週のお題「人生最大の危機」
そんなに体が丈夫じゃなかったわりには一度も入院したことがない。一時期血圧がちょっと高かったけど、毎日計るようにしたら下がってきた。中年というより老年に近いのでコレステロールも高めだけど、体重は安定しているし血糖値も低い。
スポーツしていないのでスポーツ系の怪我もしていない。子供の頃は田舎に住んでいたので交通事故にもあっていない。最寄りの駅から実家まで、今でも車どころか人ともすれ違わない。
たぶん危機は、私の頭の上とか肩先とかを掠めていったんだと思う。それか親や友達、先生が身代わりになって跳ね飛ばしてくれたんだと思う。
私にはおじいちゃんがついている。母がよく言った。母方の祖父は私が小学校の時になくなった。きれいな白木の棺桶の中の祖父は穏やかで眠っているようで、けれど鼻の穴にはしっかりと綿が詰め込まれていて、おじいちゃんはもう息をしないのだなあ、と思った。
私の家には亡くなった弟がついている。母がよく言った。生まれてすぐ亡くなった弟の名前を、私たち家族は時々口にする。弟がいれば体の弱い神経質な長女としての私の立場は違ったろうか。そんなことを時々想像する。
亡くなった家族は守り神になる。私はそれを信じていない。亡くなった家族の方が多い国で戦乱が止まないのは何故か。幼い子供にも容赦なく自然災害が襲いかかるのは何故か。それは守り神がいないからか? 違うだろう。
それでも私は、意識を失くすほど酒を呑むのをやめた。呑まなくなったと言ってもいい。酔っ払っている時に地面が揺れたら、台風がコースを変えたら、春なのに雪が降ったら。
守り神がいるとしても、それにすがらずにすむように。
もういい年なんだから。

部活動なんだからさ。

今週のお題「夏休み」
中学時代の夏休みは部活動に明け暮れていた。明け暮れていただけで打ち込んでいたわけではない。
なんせ友達に「惰性でしてる」って言われたし。そうだよ。中学の部活動が惰性でなんで駄目なんだよ。後輩にも「先輩もうちょっと練習したほうがいいよ」って言われたし。いいんだよ練習しなくても弾けるんだから。
高校も部活動に明け暮れていた。と言っても練習してたわけじゃない。集まって遊んでいただけだ。
それでも、どっちの部活動も3年間続けた。とはいえ高校は廃部になりかけて、その暇にバンドしたりテニスしたりしてたんだけど。


出身の高校が全国大会で優勝したというニュースをテレビで見た。ググってみたら、今は全国大会出場の常連なんだという。中学の部活動もまだ続いている。
あの頃は休みの日には絶対弾かなかったバイオリンを、週末に思い出し思い出し弾いている。自分の家の、自分の部屋で。バイオリンは親に買ってもらったけど、譜面台やチューニングメーターは自分で買った。新しい弦も手に入れた。


自分は友達に比べたら不真面目で、全然努力家じゃないと思っていた。私は夢中にならない。熱中もしない。脇目も振らず一つのことに打ち込んだこともない。
けど、得意なことはある。いろいろある。そして、社会に出てみたら、私はとても真面目だったし、実は努力家なのだった。
すべての人に部活動が向いているわけじゃない。けど、勉強以外の時間を持てること、クラスの友達以外の友達ができるのは、そんなに悪いことじゃない。別に夢中にならなくてもいい、学生生活の全てを捧げなくてもいい、地域に貢献しなくてもいい。頑張らなくてもいい。
だけど、頑張る友達、努力家の友達と一緒にいられることは、そんなに悪いことじゃない。

誰の家で飲むか。

今週のお題「家で飲む」
昭和の終わり頃。友達の京都の下宿でよく飲んだ。鍋が中心。京都らしく台所が土間だったのであんまり凝った料理は作れなかったけど。半分お酒、半分醤油の鍋に豚肉とホウレン草をぶち込むお鍋。美味しいけど危険。
実家を出た直後もよく家で飲んでたなあ。アパート暮らしが楽しくて、何かっちゃあ友達呼んでた。みんな、あんな狭いところによく来てくれたなあ。ありがとう。料理はわりと得意なので、煮豚まで作ってた。近所の酒屋で買い出してたら、パーティですか、と尋ねられた。バーボンは外せなかった。ウオッカが大好きだった。
友達が来ていなくてもよく飲んでた。近くにワインの自動販売機があって、ワインの瓶がごろっと出てくるのが面白くて買いに行った。喉が乾くのでついでに缶コーヒーも買った。
平成になって引っ越して、友達はほとんど結婚してあんまり来なくなって、でも一人暮らししている友達は増えたので、そこでも飲んでいる。サラダとか作って持って行ったっけ。
知り合いの家のパーティに呼ばれたこともある。そこではお酒は出るけどそんなに飲まなかった。知らない人もいるしね。
今住んでいるマンションに人を呼んだことはあんまりない。そんなに飲まなくなった。なんせ更年期真っ只中で、血圧が上がり続けている。ちょっと飲むとなかなか抜けない。相変わらず飲んでも酔わないけど、具合だけ悪くなる。すごく疲れる。
それに、飲んでもいないのに朝に頭痛がすることが多くなった。危険。
ソーダサイフォンを処分して、ホットプレートも捨てて、血圧計の購入を検討している。
そんな令和です。

1日だけ外食。

今週のお題「特大ゴールデンウィークSP」
前半は衣替えと掃除と、ちょっとだけ手の込んだ料理を作る。ほぼ目標達成。
乗り物に乗るのが苦手なので、当然のように長い旅行には行きません。本当は日帰りとかで京都に行きたかったけど、観光客がものすごいらしいので諦めました。


ほいで、神戸に昼飲み。真昼間からビールです。タイル張りのポーチがお洒落な店ですよ。自家醸造のビールがめちゃ美味しかった。6種類を飲み比べました。店の人が丁寧に教えてくれます。スターボードっていいます。昼は軽食のみだったので、また夜に行きたい。

神戸は当たり前のようにビールが美味しい。そしてツマミがどこでも美味い。


次はセンター街の立ち飲み。生まれて初めて立ち飲みで飲んだ。昼過ぎなのにめっちゃ込んでいた・・お店の人がすっごい手際が良かった。何年振りかで山崎のロック飲みました。名前は忘れたけど、ついこの間開店したみたいです。


コーヒー飲みたくなったのでモロゾフ。とかいいつつ最初はコーヒーは飲まず、ゼリーソーダ。美味しかった。ゼリー好き。友達がコーヒー飲んでたので、私も頼んだらおかわりになって100円になっていた。うわあ。喫茶店好きな人はいいかもな。今度行くときはプリン食べようかな。


そんで、立ち飲みの向かいにあった店でワイン。ここも新しいみたいです。女の人ばっかりだった。隣の席の人は京都から来ていたらしい。京都はやっぱりすごい人らしい。
いい天気だったので軽く陽焼けしつつ帰宅。


明日は月曜。朝早く起きる練習しないとな。

最近の卒業は。

今週のお題「卒業」
高校は30年以上前、大学も20年前に卒業したので、ほとんど記憶にない。大学の同窓会したのも10年以上前だし。
記憶に新しいのはハローワークから行った職業訓練の卒業かな。それは五年前だからまだ覚えてるところもある。
訓練は2回目。職業訓練というと刑務所に入っていた人が社会復帰のためにいろんな訓練を受けるところ、っていうイメージだと思う。私もそうだった。
時代は平成。雇用保険を受けつつ、びっしり専門的な訓練を受けることができるのだ。1回目の訓練は基礎分析。ピペットとか扱うやつね。専門学校の教室を借りて、実験もしました。細胞培養までした。顕微鏡も使った。楽しかった。けど、途中で仕事が決まったので中退でした。
2回目は英語。仕事で使う英語。なので各自の机にPCがあって、翻訳や検索にPCも使えました。こちらは予備校の一室を借りて、びっしり三ヶ月。そのまま仕事で使えるような英語を学びます。工業英検の試験をみんなで受けましょう、とかね。私はすでに3級を持っていた。みんな優秀なので3級なんて一発で受かっていたけどな。
こっちも楽しかったな。最後の日にみんなで軽く食事をして、その後近所のファミレスで喋りまくったよ。みんな自分の希望するところに就職して行ったな。
私はその直後は大学の事務だった。聞こえはいいけど仕事はあんまり面白くなかったね。
次はいつもの外資系、機械ときて、今の会社です。もちろん派遣。
今は、どちらの訓練も、人が集まらなくてなくなったみたいだね。受けられてよかったな。運が良かった。
高校までは自分で選ぶというより自然に決まっていく。近所の学校に通って、学費も親に出してもらう。大学も自然に決まるし、自分で学費は払えない。
だからそこまでは自分の手柄というよりは出してくれた親に感謝、なんだけど、雇用保険を受けつつの訓練は国や県、先生、そして一緒に学んだ友達に感謝、だね。

今年は積もった雪を見てない

今週のお題「雪」
兵庫県南部、ほとんど地中海式気候の土地で育ったので、雪には縁がない。
日本って、世界一たくさん雪が積もるんだって。知らんかったよ。雪どころが雨も少ないので、兵庫南部にはため池が多い。1000年くらい前からあるため池もたくさんある。ため池サミットなんてものまで開かれたりする。
雪は凍っているため池で、だから雪が多い地方はお米が美味しいんだろうね。
藁葺き屋根に積もる雪、舞い踊り散る桜、水を湛えた田んぼ、大きな夕日に黄金の稲。
日本の別名は秋津島。稲穂垂る瑞穂の国。
でも、決して自然にそうなったんじゃない。
どうしてあの国はいつまでも貧しいんだろう。どうしてあの国はいつまでも戦争ばかりしているんだろう。友人に尋ねたことがある。
それは勉強しないから。
勉強しないということは、努力をしないということだから。工夫をしないということだから。
たとえ豊かな土地の恵みがあっても、気候が安定していても、工夫しなければ何も実らない。勉強しなければ、建設しなければ、街はできない。仕事が生まれない。産業が育たない。
たとえ雪がたっぷり降っても、その恵みを利用しなければ、雪はただの雪。空中で水が凍って結晶したもの。
日本は災害が多いから現金が信用されるんだって。そうだね。それは犯罪が少ないからでもある。雪は多いし地震はあるし、台風は来るし山も崩れる。犯罪でなくたって人は亡くなる。
船が沈む時、アメリカ人には飛び込めば英雄になれると言い、イギリス人には紳士になれると言い、ドイツ人にはそれが規則だからと言い、日本人にはみんな飛び込んでいるからと言う、ってジョークがあるらしい。
それは日本人がお互いを信じているから。大雪が降り大雨が降る、小さな島国でちゃんと平和に暮らしている日本人を、信じているから。

 

もらって嬉しくない男子はいないんだって。

今週のお題「わたしとバレンタインデー」


バレンタインデーの時期に付き合ってる男子がいれば渡した。女子にもらったこともある。父親に渡したこともある。強要されたのだ。私の家ではバレンタインはクリスマスと同じ家庭内行事だった。


成人する前に実家から出て、本命どころか義理チョコも渡さなくなって、仕事も辞めてアルバイトもほとんどせず、フロッピーで立ち上げるワープロで小説を書いていた頃。文学賞の最終選考に残ったら、時々出版社の編集が会いに来るようになった。
父親と同世代の編集は新潟の出身で、野球が得意だったという。小柄だけれどがっちりした体躯に、関西育ちの私にはあまり見覚えのない、透明な大きな瞳の男性だった。
子供の頃の記憶はあんまりない。冬は草鞋を履いていて、ほら、藁で作った草鞋。雪を踏みしめてずんずん歩いた感触は今でも思い出す。
ほとんど雪が降らない地方で育った私は、真冬でも道が乾いている所にしか住むつもりがないくせに、初雪の便りをきくのが大好きだった。雪の思い出、スキーの思い出、空気が凍るほど寒い地方の話を聞くのが好きだった。


たまたま約束の日がバレンタインデーで、高架下の雑貨店で見つけた小さなチョコレートを買った。
お、ありがとうございます。彼は綺麗な歯を見せて笑った。いいえ。チョコレート買ったのなんて久しぶりですよ。私も笑う。
いろんな話をした。彼は聞き上手で、さすがに返しが上手かった。彼の息子の話、私の父親の話。彼は編集者らしいちょっと熱っぽい話し方で、私はしらけ世代特有の冷めた言い回しで。
それにしてもあなたは変わらない。逢うたびに若くなっていくようだ。
そんな私ももうすぐ六十歳で、彼が亡くなってからもう二十年になる。
もうチョコレートは自分のためにしか買わなくなった。チョコレートを買った店のあった街からは引っ越して、何年も訪れていない。
小説も書かなくなった。どうしてかな。もう彼がいないからか。そうでもないな。